★ナイフ (1999.11)
 山小屋に行くようになって、近所の山々を徘徊すると、何となく山を荒らす藤の蔓や茨を退治することが多い。また庭に生えてくる藤の芽や茨の芽を根本から切ったり、茂りすぎた灌木を整枝したりするために、選定鋏、片手鋸、鉈(三種の神器と呼んでいる)を腰に吊り提げて歩くことが多い。また小分けされて売っている各種部品の開封、袋物の開封にはポケットに何時も入っている小型カッターが便利である。
  しかし腰に吊している三種の神器は、がさばるし重い。目的もなくただ歩き回るときには大袈裟でもある。また鉈や鋸の使用頻度はそれほど多くない。やはり選定鋏とカッターの使用頻度が最も高い。しかし剪定鋏だけを持ち歩くには、鋭い先端が危険である。そのためポケットに入る先端の丸まった小型の選定鋏を買って、最近では、カッターとそれだけを持ち歩いている。 以前、放し飼いにされた猟犬に襲われたことを書いた。また最近は野犬化した捨て犬が横行していると聞く。猪や猿や蛇ぐらいは出てきても不思議ではない。 少し山を下りたところに、マムシに注意の標識が立てられている。
 都会でも烏に襲われる例もある位である。だから山では最低限の護身用の武器が必要であると感じていた。「手頃なナイフが有れば良いな」と思いながら数年が経過してしまった。日本だけでなく外国へ行ったときにも、この種の店に立ち寄って探していたが、自分の用途に合った、愛着の持てそうなものには、なかなか行き当たらなかった。   ある日、秋田に居る道具好きの息子が、「”またぎ”が使うナイフを注文するので、親父も頼まないか」と言う。一寸心が動いたが、どんなものが出来るかよく分からなかったので、遠慮していた。昨年の夏、息子の所を訪ねたとき、出来上がったナイフを見せてもらった。それは本当に”またぎ”が使うもので、荒々しい出来で、刃渡りは20cm、幅も4cm位有り、刃と柄が一体に鍛造され、柄は棒が挿せるように筒状になっている。山で、もし熊に遭遇したら、熊に向かって棒の付いたナイフを突き刺し、ナイフを熊の体に残して逃げるのだという。素朴で如何にも切れそうであるが、私の要求とは少し違っていた。  

 つい最近、渋谷の東急ハンズに寄ってみた。何百種も並んでいるナイフの中に、「おや」と思うものが有った。しばらく他のナイフや山刀などと比べながら眺めていた。大きさと形状が好み通りであり、手打ちの鋼の肌が美しい。柄と鞘がチーク材で作られ、断面が僅かに太鼓型に膨らんだ鞘が魅力的であった。   ”鈴木寛さん”という人の作品である。ナイフの造りについては、能書きがなかったので、店員に電話で聞いて貰った。1mmほどの鋼の両側からステンレス鋼で包むようにして鍛えられているとのことであった。鋼とステンレスの重ね目は不規則であるが、微かに波打って見える。刀の刃に近く、両面が曲面で研がれている。又刃の付け根の柄には、打ち跡のある鍛造のリングが填められ、柄の強度を増すと同時に、洗練され過ぎたナイフに野趣を与えている。  

 チークの鞘の要所要所には、点のようにステンレス製の小さな四角い頭の鋲が打ち込まれ、デザインにアクセントを与えている。更に鞘の周りを、ぶ厚い皮で包み、その合わせ目が1cmほど空いていて、革ひもで鞘に密着するように編み上げられている。皮の先はベルト通しになっている。仕上げも実に丁寧で、且つ機能的である。刃渡りは18cm、最大幅3.5cm、厚み5mmでバランスも良い。刀の鯉口に相当する金具も、5mm厚の真鍮の板から複雑な曲線で切り出されたもので、重厚であり、これを身に着けて崖を這い上がっても抜けない構造になっている。しかし、使うときには簡単に親指で鯉口が切れる。柄の形はやや細身で、緩やかな曲線をなし、端の握りの形状も機能的である。これを作った人は、鍛冶屋だけでなく、工芸にもかなり造詣が深いように見える。  

 先端が「ツン」と鋭く尖り、刃渡りが適当であり、重さも小型の鉈程度で、振ったときのバランスもよい。山で常時携帯すれば、簡単な調理、万が一の中規模の動物の襲来にも耐えられる。当に私の希望通りであった。

 限定二本と記されていた。倉庫から持ってきて貰ったもう一本と併せて手にとって比べて見ると、手打ちであるため、微妙な違いがある。二本の中から鯉口に信頼感のある方を選んだ。

 研ぎは中砥を掛けたままで、十分な切れ味が出ていないように見えるので山小屋でじっくり研いで見るつもりである。

 この種の作品は気に入ることが大切で、その後で買えるかどうかを決めることになる。幸い出来具合の割には頃合いの値段で35,000円であった。これが高いかどうかは、欲しいと思う心とのバランスである。
  実際には、作者のネームバリューを除いて、同じものを何本作ったか分からないが、デザインに何日掛かったのか、鉄を鍛えるのに何日掛かったのか、柄と鞘を作るのに何日掛かったのか、設備費の消却は、流通の費用は、と考えると、申し訳ないような値段だとも言える。

 家に帰ってゆっくり眺めると、ナイフ自身も鯉口も柄も鞘も見れば見るほど精巧に出来ている。芸術品とまでは行かないが、それに近い味わいがある。これを身に着けて歩いたときの充実感を考えると、「久しぶりに良い買い物をしたなあ」と思った。

 しかしその後、刀よりももっと丸みを持って研がれた刃先は、丈夫であるが、どんなに良く研いでも、片面研ぎとは違って切れ味が悪く、物を削ったり、料理をしたり、一寸した鉈代わりには向かない事が分かった。飽くまで突きを意識した護身用なのである。

 何時かナイフや鉈の代わりに使えるように両面をやや薄く鋭角に研いでみる積もりである。