小屋を建てて二年目の五月の連休のことである。大学時代の友人静かな佇まい。小鳥の声が聞こえる夫妻と春の北八を歩こうと言うことになった。麦草峠までの国道299号は雪も溶け、既に開通していて車で簡単に行ける。しかし山道には未だ沢山の雪が残り、夏山とは趣が全く違う。

  この日は麦草峠から南へ尾根伝いに歩き、丸山を越え、中山峠の右側にある黒百合平に行き、帰りはニューへ回って白駒池に降りる予定である。
ニュウは一寸した岩峰で、稲の束を盛り上げて堆くなったところを昔ニュウと言った所から付けられた名前だという。とても見晴らしの良い所である。

  平らな頂上途中丸山では、沢山の若者が新人トレーニングであろうか、アイゼンを着け、スパッツで足を固め、元気良く追い抜いて行った。頂上付近は広く、なだらかで、何処でも歩けるので、足跡で出来た道が何本もある。辺りは4、50センチの雪に覆われ、木が少ないため、小さいスキー場のような雰囲気であった。

  丸山の雪原以外は、春山の雪道は、歩くところが4,50センチ幅で、狭く平になっていて、両端が大きく凹んでいる。どうしてそうなるのか分からない。平らな部分は人が踏むせいかやや固くなっている。この狭い雪道を歩くには多少のコツが要る。腐った雪で歩きにくい路の真ん中を歩くことと足を平らに置くことである。さもないと、力が一点に集中して、ズボッと潜る。家内は慣れないため、足を潜らす回数が極端に多い。それを気使う友人の奥さんも一緒になって潜り、娘時代に戻ったかのように「キャッキャ」と騒いで和気藹々のハイキングであった。

  黒百合平は、キャンプ場でもあり、沢山の若者が色とりどりのテントを張っており、折しも食事時であるため、忙しく出入りしていた。我々も少し離れた壊れそうなベンチで湯を沸かし、蕎麦を造ったりコーヒーを湧かしたりして一休みした。此処に来ると何時も気になる”すり鉢池”の方を見やると、まだまだ沢山の雪があり、とても見えそうもない。諦めて帰途につく。

  帰りは、途中の尾根筋を右に折れ、目的地ニュウへ向かう。
この黒百合平キャンプ場道は、やや深い雪に覆われているが、登山者の足で固められ、歩きやすい道である。しかし、相変わらず家内は雪に足を落としながらの歩行であった。

  ニュウへは昨年の夏にも来ているので、雰囲気は分かっていたが、重なり合った大きな岩の上に、ニョキニョキと飛び出した岩峰は小さいながら威厳がある。岩峰には殆ど雪が無く、手を使いながら30メートル程度登れば頂上で、見渡す限り北八の森林地帯が眼下に広がっている。その中に、白駒池が静かに横たわっているのが見える。真ん中は、既に氷が溶けているのか平に抜けているが、周囲は未だ真っ白い雪で覆われている。
眼を遠くの山に移すと、森のある西の方角を除いて北アルプス、北信五岳、浅間山、富士山、天狗岳がぐるりと見える。急なニュウへの道

  写真を数枚撮り、白駒池を目指して降り始めた。
下りでも時々柔らかい雪の部分で足を落とし、踝から入る雪で、皆足が濡れていた。白駒池の近傍になると、平地が多く、道がはっきりせず、適当に歩いた跡が雪の上に広がっている。その辺りには小さな川があった筈である。夏道ならそれを避けて歩くのだが、雪のため川の流れがはっきりせず、音も聞こえない。突然家内が「キャーッ」と声を上げた。見ると踏み抜いた雪の下から足が覗いていて、川に足先を突っ込んでいた。手を指し述べて引き上げようとした私も雪の下の川に足を突っ込んだ。四人とも川の真上を歩いていた。
川をやり過ごすまでに全員、靴がビショビショになってしまった。大笑いをしながらやっとの思いでそこを抜け出し、池の畔にある山荘にたどり着いた。

  暖かい日であったのと、後10分も歩けば、駐車場なので、緊張感もすっかり抜けていた。皆靴をグチャグチャ言わせながら歩いていた。落とした足の話しに花を咲かせながら駐車場に着いた。冬山だったら遭難ものだが、今日ばかりは冗談の種であった