山小屋に来るようになって、親しい友人夫妻と毎年春と夏に山登りをする。一緒に行くのは八ヶ岳だけではないが、我が家に泊まっていくときは近いので自然に八ヶ岳が多くなる。

  今年の夏は硫黄岳に登り、硫黄岳小屋に一泊する予定を立てた。前日から友人夫妻は我々の山小屋に泊まり、翌朝早く出かけることになった。硫黄岳への通常のルートは、八ヶ岳を隔てて我が山小屋の反対側、詰まり西側の箕ノ戸口から歩き始め、赤岳鉱泉を通って行くものである。しかし、今回は歩く距離が少し短いことと我が家から登山口までが近いこともあって、イナゴ湯から入り、本沢温泉を通って行くことにした。因みに本沢温泉は日本で二番目の高所温泉である。八ヶ岳の東側では温度の高い温泉は此処だけであり、最も温泉らしい温泉である。

  車でイナゴ湯の先の本沢入り口まで行き、そこに車を置いて出かける。単調な長いアプローチで、天狗岳が時折見えるだけで景色はさほど良くない。それでも時折聞こえる甲高い「ヒーンカラカラ・・・」と言うコマドリの鳴き声に単調さが破られる。行程表には二時間と記されていたが、二時間半ほどで本沢温泉に着いた。
 この温泉は今度の山行の目的ではないが、一度雰囲気を見てみたいと思っていたので何となく満ち足りた気分であった。本沢の野天風呂が見下ろせる高台で昼食を取り、再び夏沢峠を目指して歩き始めた。この辺りからは目的地硫黄岳の勇姿がハッキリと見え、間近に見える荒々しい爆裂口の凄まじさに圧倒される。

  夏沢峠までは本沢から一時間余りで、最後の急登は少しきついが何とか予定通りに到着した。夏沢峠には二軒の山小屋が二メートルほど離れて向かい合わせにあり、その間が登山道になっている。その直ぐ先に硫黄岳への道標がある。二十分ほど休憩し、そこから一時間行程の硫黄岳へ向かう。

  少し行くと2500メートルの森林限界を超えるのでハイマツと岩石のガラガラ道になる。鉄平石の様な大きな岩が時に動き、「カラカラ」と音を立てる。更に進むと、ルートは爆裂口の切り立った縁に近づいたり離れたりするスリリングな道になる。
 上の方を見ると硫黄岳頂上付近に沢山ある大小のケルンが見え隠れする。所々に風でいじけたハイマツが岩の一部を覆い、その周りや陰に可愛らしい高山植物の花々がそよ風に揺れている。友人は高山植物に詳しく、時折解説してくれる。
この辺りは、我々の山小屋から望遠鏡で見ると登山者が行き来するのがよく見えるところである。

  予定より少し遅れて2742メートルの頂上に着く。全体で四時間行程であるのでそれほど厳しくはない。頂上は>一面広い岩原で、何処が頂上か分からないほどである。右には赤岳鉱泉からのルートを示す道標が見え、左端には爆裂口の縁が大きくうねって左回りに続いている。南の正面より少し左に寄った方向が硫黄岳小屋、横岳、赤岳へ続く道になっている。大小のケルンが広い頂上を間違えないよう尾根伝いに幾つも作られている。
 此処は若い頃縦走で二回ほど通っている筈であるが、殆ど覚えていなかった。

  一服して、頂上を越え、硫黄岳小屋の方へ向かう。20分も歩くと小屋である。そこへ至る瓦礫とも土とも付かぬ道端に、高山植物の女王、駒草があちこちに咲いている。直径20~30センチの白緑の房のような葉が株をなし、その中から10cmほどの茎を出し、その先にくるりと反り返った濃い桃色の花が何本も寄り合って可憐に咲いている。天狗岳、特に西天狗岳にも一部咲いているが、こちらのスケールはずっと大きく、広い範囲に点々と咲き誇っている。奥様方の歓声に釣られて男共も群落毎に立ち止まりその美しさを鑑賞した。

  小屋に着くとその周りは一面高山植物で赤、紫、白、黄色に彩られ、今夜の小屋泊まりの登録を忘れて大はしゃぎであった。到着時刻が早かったので登録を済ますと早速外に出た。この辺り一帯は高山植物が豊富なことで有名で、地図にも記されている。駒草は勿論、ウルップ草、梅鉢草、・・・、友人は例によって、一つ一つ解説してくれる。暗くなるまで興奮しながら歩き廻った。
 翌日も良い天気であった。朝の澄んだ空気の中に360度、山々の勇姿が拝める。南アルプスの北岳、駒ヶ岳、仙丈岳、中央アルプスの木曽駒ヶ岳、御岳山、北アルプスの乗り鞍岳、穂高岳、槍ヶ岳そして富士山など有名な山が一望できる。

  高山植物と山々をすっかり堪能し、同じ道を帰途に就いた。何時か家内を隣の大きなピーク、横岳、赤岳に連れて行くつもりである。