秋の彼岸の休みに一人で山小屋に来たので、いつものように土木工事をし、夕方風呂に入って、汗を流し、Uターン族の佐々木さんが経営する里のレストランに行くことにした。

  夕食には一寸早いので、現在、冬用の山小屋を建設中の堀越さんのところへ寄って出来具合を見せてもらってからと思い、出かけた。
 堀越さんも偶々一人で来ていた。「一寸前に友人を送ったところです」と言う。新しい山小屋は、大きく、いつもながらの富田大工さんの作で、遊び心をふんだんに盛り込んだ凝った建て方である。内部を全て見せてもらって感心しているところに、近所の池田さんの奥さんから電話が入った。

 「栗ご飯が出来たから食べに来ませんか」との誘いである。今年は山栗の当たり年で、全ての栗の木に実がたわわになり、今、収穫の時期である。
 「今、橋本さんが来ているので、一緒に行っても良いですか」と聞いてくれた。OKが出て、早速二人で出かけた。目と鼻の先である。外は薄暗くなったかなと思っているうちに、秋の夜は釣瓶落としに日が暮れた。

 池田さんの庭には、あちこちにスポットライトが取り付けられ、小屋の周りには、山小屋を演出する彼の趣味の土木、建築作品が幾つも浮び上がっている。左の広場には彼とその友人の小高さんが作った大きなテーブルと椅子が据えられている。右側には、母屋の軒先に続いて富田大工さんの作である囲炉裏小屋がある。

 その囲炉裏小屋の前には、池田さんと小高さんとの合作である露天風呂が出来ていた。去年の初めから二人で作っていたのを知っていたが、その暮れに既に完成し、一冬を越していた。ボイラーも給排水管も零下20度に耐えていた。何せ、ここは1300メートルの高地なのである。

 池田さんも小高さんも件の露天風呂に入っていた。堀越さんの「橋本さん入りましょうよ」と言う掛け声で、早速風呂場の横の露天の脱衣所で服を脱ぎ、タオルを借りて入った。二人入れる大きなプラスティックの風呂桶が地面の高さに埋められ、周りに大小の石が配置されている。囲炉裏小屋との間に、太い落葉松の丸太が高低のアクセントを付けてカーテンのように縦に並べて埋め込まれ、簡単な目隠しになっている。庭からの入り口には、太い落葉松を五角形に組んだくぐりが付いていて露天風呂をそれらしく演出している。低い庭園灯が二本、眩しくないように青い布で囲われ、淡い光を滲ませている。
 二人入ると、溢れた湯が綺麗に配置された岩の間を流れて一段下の笹藪に浸み込むようになっている。そこには荒削りな手摺りがあり、風呂場と外界とを分けている。風呂の右手には、窪地を渡って簀の子が配置され、少し高台の脱衣所に続いている。その辺りには、飛び石が上手く配置され、一部、母屋の下まで続いている。

 驚いたことに、飛び石の先の母屋の軒下に一人用のサウナがあった。最近、里の工具店で、「要らないサウナが有るんだけど、池田さん要るかね」と言われ、二つ返事で貰ってきたのだという。サウナの上の軒は今日、小高さんが一日掛けて作ったものである。皮を剥いだ細めの落葉松の丸太で柱と梁を作り、その上に樽木を並べて、2cm厚の屋根板が綺麗に貼られている。柱を押してもびくともしない。近代的なサウナが、すっかり山に溶け込み、露天サウナになっている。

 サウナと露天風呂とを、男共四人が出たり入ったりしている中に、東の梢の間に月が昇り始めた。今日は中秋の名月である。すっかり晴れ上がった秋の夜空に、林の隙間からまん丸な月が輝いている。

 突然、堀越さんが「そこの木の上に小屋があるんですよ」と言う。見上げると、風呂の左前方の太い落葉松の中腹に、幹を取り囲むように、池田さんと小高さんの作った小屋が浮き出ている。早速池田さんがタオルを腰に巻いたままで、梯子を登り、中からこちらを見下ろす。床の高さは三メートルはある。小屋は二階建てになっていて、二階に上がった池田さんは、三角屋根の一部である窓を開けて、顔を出した。とても良い恰好の小屋である。まさに”男の隠れ家”である。
 早速私も登ってみた。床面積は一坪強ほどであろうか、一階には一間の長さの作り付けの長椅子があり、寝そべって本が読める。その横から上に向かって数段の梯子があり、それを登ると二階は屋根裏部屋になっている。そこにも腰掛けがある。実に楽しくできている。トムソーヤーも顔負けの出来映えである。

 生きたままの一本の落葉松の下枝を払い、根本の周りにコンクリートの土台を回し、そこに4尺五寸ほどの間隔で四本の落葉松の柱を建て、その柱の上に生きた落葉松を囲むように小屋が造られている。落葉松は風に揺れるので、屋根に接する幹の周りには自在のゴムシートが回され、その下に、幹から少し離して屋根板が張られ、雨が漏らないようになっている。生きた落葉松には釘一本打っていないとのこと。これには全く吃驚した。若いアウトドアの本格派が二人係なので、やることが奇抜でダイナミックである。

 池田さんの小屋は、行く度に何か新しいものが出来ている。そんなに早く次の計画はないだろうと、半ば期待せずに、「今度は何が出来ますか」と水を向けると、またまた裏に大きな納屋を造っているという。これは富田大工さんに頼んでいるとのこと。納屋と言っても大きな立派な小屋が半分出来掛かっていた。

 それではと、十畳ほどの広さの囲炉裏小屋に入り、酒盛りが始まった。殆どは池田さんの奥さんが支度をしてくれてある。五人で囲炉裏を囲み、網で肉や野菜を焼き始める。池田さんと池田さんの奥さん、そして小高さんは根っからの山屋である。堀越さんも嘗ては本格的な山屋であったそうである。私も素人なりに山が好きなので、一頻り冬山の話に花が咲いた。

 堀越さんの会社の部下が作ったと言う岩魚の燻製が出され、みんなで裂いて口に入れる。飴色に仕上がった、これも本格的な燻製で、作るときに使った細紐が尻尾に巻かれて残っている。如何にも趣があり、味も絶品であった。

 しばらく囲炉裏の周りで話しに興じていると、林の上に、童謡に出てくるような”盆のような月”が上がった。囲炉裏小屋の窓越しに煌々と輝く月を眺めながら、吸い物付きの栗ご飯をご馳走になった。何ともこたえられない秋の夜長であった。