富田さんは八千穂村の大工の棟梁である。八千穂の別荘のかなり多くの小屋を手掛けている。前にも書いたように、堀越さんの別荘も、指宿さんの大きな三角屋根も、登山の専門家、池田さんの別荘も彼の作である。建て方の基本はオーソドックスであり、丈夫な建物を建てる所までは手堅い棟梁であるが、建物の中に「あっ」と言うような工夫を凝らして建てるのが他の棟梁と違う。「俺は”金”を考えて建てるのではない」と言うが、堀越さんが言うように、「とは言っても我々サラリーマンには予算が有るんですよ」と言うことになる。

 富田さんは里の村に豪邸を持っている。「穴蔵」は別荘地の中の材料置き場から始まった”男の隠れ家”で、今では仕事着のまま入れる書斎であり、彼のお客、詰まり施主の溜まり場でもある。彼の自宅とは全く趣が違う穴蔵は、彼の子供の頃のルーツを反映しているに違いない。
 彼は器用で創造性豊かで、仕事が好きで、どちらかと言うと寡黙の方である。仕事の合間や一日の終わりにこの穴蔵に寄って一寸一杯やるときもある。

 一言でいえば、男が野趣味で欲しがるものが全部揃った大きな”穴蔵”である。そこはゴミが散らかっているわけでもないし、汚いわけでもない。と言って整然としているわけでもない。往時は立派なものだった黒沢酒造の古い扉、川魚用の生け簀、囲炉裏、中二階のベッド、何人来ても大丈夫な椅子、座ってくつろぎたい人の炬燵などがとりとめもなく置いてある。
 外には蒸気機関車の正面を思わせるデザインを施したゴミ焼却炉がある。また隣りにこの場に似つかわしくない八畳ほどもある鉄筋コンクリートのトイレ室があり、その部屋の真ん中にウォッシュレットの付いたトイレが一個鎮座している。

 雑誌に出てくる男の隠れ家は綺麗すぎて都会的であるが、富田さんの穴蔵は、基本は土間で、必要なものが次々に加わって出来た自然の隠れ家である。
 書斎まがいの部屋、客室まがいの部屋、寝室まがいの部屋、昔の田舎風の調理場などが、傾斜地のため立体的に構成されている。”・・・まがい”というのは目的毎に何となく道具立てと配置が出来た部屋なのでそう言うのが似つかわしい。それらの部屋にはそれぞれ入り口があり、奥の方で迷路のような通路で繋がっている。

 書斎とおぼしき部屋の古いドアを開けると、土間伝いに、材木の山があり、更に進むと大きな板を並べた机がある。彼は仕事着のまま入ってきて、その間を通り抜け、自分の椅子に腰掛ける。「ふっ」と、力を抜き、煙草をくゆらす。その時の富田さんは、周りの雰囲気と溶け合って一幅の絵になっている。これぞ”男の隠れ家”である。

 外から見ると、材木が不揃いに置いて有り、タイヤの無い廃車が一台有り、古いキャンバスのシートが垂れ下がっていて、ここが”男の宴会場”とは誰にも思えない。でも入ってみると男は誰でも「こんな穴蔵が欲しかった」と思うのである。

 富田さんはつい最近、数軒先の登山家の池田さんに頼まれて東南の傾斜地に囲炉裏のある部屋を造った。その部屋は八畳ほどの半地下である。まだ若い池田さんは富田さんの”穴蔵”に魅せられて、どうしても田舎風の隠れ家が欲しくなって頼んだのである。

 ”池田さんの隠れ家”を正面から見ると、右奥に階段があり、母屋から降りてくるようになっている。
 真ん中に囲炉裏があり、何処かで仕入れた古い自在鍵が掛かっていて、鉄瓶がぶる下がっている。正面奥には酒や本を置く棚が作りつけになっている。囲炉裏の右側は板敷きで、左側と手前は一段下がった土間になっている。右の板敷きには何か分からないが大きな獣の毛皮が敷かれており、主の座を示している。天井は太い梁がむき出しになっていて隠れ家をよりそれらしく演出している。

 土間側の囲炉裏は側面が抜けていて、椅子に掛けた人の足を暖める構造になっている。これは富田さんのアイディアである。更に面白いことに囲炉裏の真ん中に鉄パイプが設えてあり、側のスイッチを入れるとそこから空気が吹きだし、電気式火吹き竹になっている。富田さんは一部屋造るにも何時もこの様なアイディアを盛り込むのである。

 富田さんも池田さんもそれぞれ自分の甲羅に似せて穴を掘っている。何と贅沢なことか。