一昨年の夏のことである。あるきっかけで、NTT研究所の一年先輩である枡野さんの持つ軽井沢の別荘に行くことになった。
 メンバーは飯村さんと私である。飯村さんはやはり一年先輩、つまり枡野さんとは同期入社である。飯村さんとは元の職場で毎日卓球をやってはビヤホールに行っていた間柄である。三人の共通点はゴルフをやることである。また枡野さんと飯村さんは絵画の趣味を持っている。特に枡野さんは何十年もの水彩、油絵の経験があるセミプロである。飯村さんは7年ほど前からパステル画をやっている。私はと言えば、中学の頃、絵の時間に描いた以外全く経験がない。

 飯村さんは、「枡野さんの別荘に泊まってただ酒を呑むだけでは面白くないな」、「何かやることはないかなあ」と言うので、私が「絵を教えて下さいよ」と言うと、教えるのが大好きな飯村さんは、二つ返事で、「それにしよう」と言うことになった。

 私は以前から何時かは絵を描いてみたいと思っていた。しかし、ただそう思うだけで、行動するところまでは心が熟していなかった。でもこれが曲がりなりにも私が絵を始めるきっかけになった。

 当日は、飯村さんと二人で軽井沢のログハウスを訪れ、午後から三人で浅間山を描きに鬼押し出しに出かけた。道具は全て枡野さんにお借りし、描きながら枡野さんに色々教わった。夜は奥様の手料理をご馳走になりながら、描いてきた絵の品評会と私の絵の指導をして貰った。翌日の午前中も枡野さんご推薦のスポットから浅間山を描いた。

 その後、私の絵心が燃え上がらないまま、一枚も描くことなく一年が過ぎてしまった。熱心な枡野さんと飯村さんは再び軽井沢の枡野邸で絵を描こうと誘ってくれた。今度は枡野さん達と同期の鈴木さんを誘おうと言うことになった。風の便りに、鈴木さんも何となく絵を描いてみたいと思っているらしいことが伝わって来ていた。

 その年の初秋、四人が枡野邸に集まり、近くのこじんまりした私設美術館のアプローチとウイスキー会社所有の美術館の庭をスケッチした。 私も、鈴木さんも何時か絵を描いてみたいと思っていたので期せずして四人の絵画サークルが出来上がった

 鈴木さんは、昔から飯村さんと私の卓球仲間であり、枡野さんの碁の先生でもある。またゴルフをこよなく愛する。更に四人はパソコンユーザーでもある。つまり、ゴルフ、卓球、囲碁、絵画、パソコンに関して四人が互いに幾つかの趣味を共有している珍しい集まりとなった。

 翌年、飯村さんの発案で四人によるスペイン写生旅行が計画されたが、現役の私は12日間の長期旅行は無理であったので、涙を呑んだ。帰国後、絵を持ち寄っての集まりやインターネットで彼等の作品を見るにつけ、残念でならなかった。

 鈴木さんはスペインから帰ると、絵画教室に通い始めた。彼は初めから巧かった。プロの二人は、ビギナーズ・ラックだと言っていたが、どうしてどうして上手いものであった。その後も教室で何枚も描いていた。私は週末の山通いと会社の仕事で、相変わらず、時間が取れず、この二年間で、枡野邸で描いた二枚だけと言う有様だった。

 そうこうしている中にまた一年が過ぎ、飯村さんが次の計画を発表した。今度はイギリス南西部へのスケッチ旅行である。私は未だ現役であったが、今度は多少無理をして七月一日から12日間のスケッチ旅行に参加することになった。

 イギリスの旅は素晴らしいの一言に尽きるものであった。飯村さんの計画は場所の選定、ホテルの選択、コースの流れ共に完璧であった。雨の多いイギリスにもかかわらず晴天に恵まれ、全員6枚以上の絵をものにした。レンタカーを基本にした移動はスケッチには打ってつけで、イギリスの有名な画家ターナーに因んだ田舎町を含めて南西部を描いて廻った。 私も釣られて6枚描いた。こんなに沢山続けて描いたのは生まれて始めてであった。枡野さんが親切に一生懸命教えてくれた。なかなか言われるようには描けなかったが、知らない間に私も夢中で描いていた。

 途中で「もういいよ」と弱音を吐いたりしたが、その翌日には昼飯も食べずに描いていた。結果は素人なりのものであったが、楽しい12日であった。
 これで、何時かは絵を描くことになるだろうと朧気ながら思えてきた。皆さんはホテルに帰ると、必ず作品に手を加えていたが、私は相変わらず触らず仕舞いであった。時間の関係で完成しない絵もあったが、手を入れるともっと駄目になると思い、日本に帰ってからも手を入れなかった。

 現在、イギリス写生旅行のホームページを飯村さんが作ってくれている。またホームページを作るに当たり、グループに名前を付けようと言うことになり、協議した結果、「Crazy Painting Club」となった。

 私は、何時か八千穂の山で描いてみたいと思っている。何時も土木工事ばかりで、がさつな雰囲気であるので、少しはインテリジェンスの匂う趣味があっても良いだろう。また皆さんに来て貰って、良いポイントを探し、「わいがや」で描いてみたいものである。当てにはならないが、そのうち私の絵心が盛り上がってくることを期待している。