2-4.生活は共同作業が前提

 よく別荘地は買ったが、女性がそこでの‘おさんどん’を考えると建てる気がしないと言うことで建てない人が結構居る。女性はホテルを泊まり歩いた方が良いという。後でも述べるように、別荘とホテルは目的が全く違うので比べる対象ではない。しかし女性は他の人がのんびり遊んでいるのに、別荘に来てまで掃除、洗濯、食事の支度は嫌だという。その通りである。現代では別荘ライフは夫婦または利用者の共同作業や助け合いが前提になる。その意識がないと楽しい別荘ライフは長続きしないものである。ただ前にも述べたように、山では殆ど雑用がないのでその様な仕事は殆ど苦にならない。ましてや二人で片付ければ直ぐ片付いてしまうものである。

 食事も近くにレストランがあればよいが、三度三度外食というわけにはいかない。自分達で作らねばならなくなる。スーパーやレストランが近所にあると非常に便利であるが、一般に別荘地の近傍は人口密度が低く、季節色が強いため成り立ちにくい。だから始めから必要なものを持って行くか、少し遠くまで車で買い出しに行く(我々の場合車で10分も行けば街であり、大きなスーパーその他の店がある)。
 従って、共同生活を前提とし、夫婦は勿論招かれた客も協力して買い物、炊事、洗濯、掃除を分担した方がよい。とかく別荘に泊まりで招かれた客はホテルよりも贅沢なところへ招かれたと思いがちである。座っていれば何から何まで出てくるものだと勘違いする。贅沢なのはみんなで話をしながら食事などの支度をすることであり、回りの景色を楽しめることである。
 最近はコールドチェーンなどが発達して冷凍食品やレトルト食品が簡単に手にはいるようになったので日常の料理も可成り楽になった。更に一日一回バーベキューなどをすれば、自然に皆で手分けしてやるようになる。勿論、別荘の持ち主が全てもてなすつもりで呼ぶなら、それでも良い。またそのケースは多い。
 二人共に自然が大好きで、登山、スキー、山荘の整備、山野草、陶芸、草木染めなどの創作の趣味があるなど、別荘に明確な目的がある人達は共同作業を厭わないものである。

 共同作業が前提とは言うが、実際にはご主人の出勤はない、新聞・郵便は来ない、洗濯屋は来ない、ゴミの収集は来ない(帰りがけに纏めて出す)、荷物の配達は殆ど来ない、電話も非常に少ない、回覧板もない、・・・などビックリするぐらい何もないのである。このように雑用がないことと森の緑に癒されて我が家では家内も家事を負担だと感じていないように見える。勿論出掛けるときは一緒に行くので、私も片付けなどを手伝う。東京に帰るときの風呂洗いは何時も私がやる。また冬の水抜きに関する細かい作業や石油の供給、外回りは全て私がやる。でもやることを並べてみると沢山あるように見えるが、実際にはそれらはまばらに発生するので大したことではない。
 私は東京では家事をやったことはないが一人で行くことも多いので、一人で行くときは全て一人でやる。私はどちらかというときれい好きな方なので、小屋の中には今使わないものは必ずどこかに片付けてあり、余計なものは何も出ていない。塵が落ちていれば直ぐに携帯掃除機で吸い取ってしまう。一人分の家事ではあるが、全く負担だとは感じなくなっている。むしろ趣味の合間の息抜きに家事をやっている。山小屋生活と言うものはやってみないと分からないものである。

 偶に行く人は、建物が閉め切られているので掃除や布団干しが大変だという。虫があちこちに居ることもある。確かに湿気の多い土地ではそう言うことがある。一年に一度しか行かない人にはそんなこともあるだろう。しかし雨戸や最近のサッシを使っていれば、山ではそんなに汚れるものではない。我々は頻繁に行くこともあるが、帰りに通常の掃除をするだけである。布団なども東京と同じ頻度で干せば良い。二三ヶ月に一度ぐらい行くならこの程度の掃除で十分である。
 パソコンが趣味で可成りの時間をそれに費やす家内も、私が手伝うこともあっておさんどんを余り面倒だと思わずにやっているように見える。

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